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ペイトリオッツと大相撲。

 ラジオとなってしまったテレビでアメリカン・フットボールのチャンピオンシリーズゲームを聞きました。開幕前に、エース・WRのエデルマンが怪我でで出場不能となりました。この試合前の練習でQBのT・ブレディが右手親指を府書して、パスへの影響が懸念される状態となりました。更にこの試合中に、頼りとするTEのブロンコスキーが相手選手のヘルメットによる衝撃で脳震盪となり、リードされた試合後半でフィールドを去るという譲許に追い込まれました。それに、敵陣に攻め込んだチャンスに、ボウルを落球させられる味方のミスも起きました。そんな状況下でも。不屈のの闘志と、沈着に活路を見出し、最終クオーターに、タッチダウン・パスを決めて逆転勝利を収めて、スーパー・ボウルに進出しました。
 ペイトリオッツの試合運びと戦術に関しては、よく「引き出しが多い」と言われる事が多いです。アメリカン・フットボールというゲームのル-ルでは、セットした状態からはじまるので、相手の作戦を読み、適切な対応が出来ると、有利になる確率が高くなります。昨年のスーパー・ボウルのように、追い詰められたかと思われつ状況下でも、あくまでも冷静に対処する姿は見事だと思います。精神論を振り回す、旧帝国軍の多くの司令官タイプの対応と、対照的な対応となって居ます。
 私自身、馬鹿は死んでも治らない失敗もっやてますが、割合冷静さは失わないで居られる方です。だけど、闘志は衰えてしまいました。老人となると、自分の身ですら、思うように動かなくなります。哀しい現実です。けれど、だれしもが、終着点に到達するのだから、当然の事だと思っています。
 私が言いたいのは、繰り返し同じ失敗を繰り返すのは「馬鹿」じゃなかろうかという事です。簡単に諦めてしまうのは駄目かと思いますが、自分の思い込みで、何ら改善や打開策も、工夫もしないで、我を張る・頑迷なのと、初志貫徹とか石の上にも三年とは違うと思います。私には、単純な
 「己を知る」という事が大事だと思います。レオナルド・ダ・ビィンチ型の天才は、稀有な存在だと思います。「一芸に秀出る」天才でもざらにいるも二ではないでしょう。『井の中の蛙』だと気が付かずに、あたかも、万事に生tyyしているかのように思い込んでいるのは、落語における物知り大家さんの滑稽さを通り過ごして、哀れさを感じます。浅薄な知識や生兵法は、困ったものだと思いますが、えてして、矢鱈と披露したり振り回したがる傾向が有りがちです。当熊野では、風土病かと思うほど多数いる様に思います。
 話が逸れてしまいましたが、広い視野と知識を備え、其れを正常に判断・活用出来る人材は少ないです。殆どは、自分だけがとの「思い込み」に過ぎないのに、『正しい』と信じているのだから、困ったものです。私には、妄想にとらわれ、自閉症の如く自分だけの世界に住んでいるように思えなす。殆ど、論理的な思考
 さて、大相撲の方は、「馬鹿馬鹿しい」というか『呆れた』状況の様です。貴の岩事件に纏わるゴタゴタは、何とも理解し難い進行でした。私には、協会の対応のお粗末さは、指摘されるのは当然としても、一番不可解なのは、貴乃花親方の言動です。大横綱と言える実績が有り、人気抜群の人物である事には間違いないと思います。しかし、時の小泉首相が、「感動した!」と称えて、多くの国民がその快挙に拍手喝采した「怪我を押して土俵に上がり、見事逆転優勝」を遂げた時から、不信感が有りました。私には、対戦相手の武蔵丸関が、怪我人相手に如何に相撲を取れば良いかと、恐る恐る出、持ち味の破壊力溢れる相撲では無かったと思えました。引退真近の晩年だから、気持ちは分らぬでもありませんが、出るべきではないと思いました。対戦相手に失礼ではないか。湯羽ゆる【大和魂」の悪い一面を現していると思います。子のせいではないのでしょうが、照の富士や稀勢の里も同じ事をやってます。悪しき前例となってしまったのではないでしょうか。

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by nyasu559 | 2018-01-22 09:03 | ねこ | Comments(0)